声のする先
夜も、朝も、月の落ちていった地平を眺め、ただ波に攫われていた。
同じ波が来ることを、ずっと待ち望んでいたのかもしれない。
僕は波に、思考や感情を何度も乗せた。
その分空は輝いた。
僕は嬉しかった。だが、それを繰り返すうちに、波は自分を嫌うようになった。
「君のためだけじゃないから。」
そう言われている気がした。
僕の体はたった1つしかない。
どんなに力を振り絞ろうと、幾多の美をその身に全て味わわせることなんて不可能に近い。だから僕は、心を磨いた。「何でも受け入れられますように」という、淡い期待の現れだった。
どこかから、「声は生きている証だ。」と言う声が聞こえた。
それは遠いようで近い、不思議な声だった。
今までの波とは違い、繰り返すことのない尊い声。
なるほど、確かにいくら心を磨こうとも、表現しなければそれは波にさらわれるだけの小石に過ぎない。存在証明を疎かにしていた。
そう感じた僕は、その声のする方向へ行こうと決心した。気づかせてくれたことに対して、お礼が言いたかったのだ。
地面に降り立った僕は、砂浜に足をすくわれそうになりながら、そこに立っている人間達を見た。誰一人、見向きもしていなかった。当然だ、僕はさっきまでただの石ころだったのだから。
見慣れない景色に、目眩がした。
地面に足をつけた人間達は、皆各々の星座をつくって輝いていた。
人々を掻き分けながら、声のする方へと向かった。しかし、不思議なことに、焦れば焦る程、声は遠ざかっていくようだった。僕は目を閉じ、耳を澄ました。
(君の見る世界を、1ミリでも近く見てみたい。僕の目はすぐ濁るから。そんな僕ごと見透かして、景色の一部にしてください。)
愚かで浅はかな願いだと思った。きっと声は、こんな僕を見捨てたに違いない。ずっと聞こえていた声が少し前から聞こえなくなっていたからだ。石ころの分際で、よくこんな願いを持てたものだと、自分を責めた。閉じた目に、涙が浮かんだ。
そっと、頭に何かが触れた。それは優しくて、とても甘い感触だった。きっと、僕はその時のことを、ずっと忘れないだろう。
涙で滲んだ視界を拭うと、その先には、目を細めて微笑む君が、何も言わずに僕の頭を撫でていた。