どうしようもなく無音の世界で。

今、鼓膜を揺らすのは、無呼吸の人工物だ。

今日も否応なく、生きていることを実感させられる。飛び交う騒音の中で、僕は耳を塞いだ。

(生に相応しいのは、この音ではない。生を語るにはもっと、血の通った様な音でなくちゃならないから。)

ふと、前方の座席へ目を移すと、一人の女性と目が合った。とても訝しげな目で、こちらを見ている様に見えた。僕は何だか申し訳なくなって、渋々、スマホに目線を落とした。

(彼女は何を伝えたかったのだろう。もし大声を出したとしても、そのうちの何割かは掻き消されてしまう。無機物に、奪われてしまう。)

また、再生ボタンを押した。録音した人間の、歌唱が胸に響いた。

(あぁ、この人は生きてる。この画面の向こうの人間こそ、生に相応しいのだ。だから、聴いているのだ。)

心地良い音楽に身を委ねると、時間なんてないような気がした。僕は、そのまま曲と同化することを選んだ。

気がつくと、電車は既に乗換駅を通過して、その次の駅に到着していた。

(ああ、また変なミスをしてしまった。)

僕は後悔しつつも、電車を降りた。

イヤホンをつけたまま、駅のホームに立った。

(反対電車を待とう。)

音楽以外無音の世界に、何となく声が聞こえた。その声はあまりにも生に相応しく、そして、あまりにも寂しそうだった。